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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)2418号 判決

理由

一、証処を考えると、原告主張の約束手形は被告の資材購入先であつた訴外東亜鋼材株式会社代表者立山道雄の懇請により、被告の経理担当取締役藤原清が被告及び代表取締役塩見勉のゴム印を振出人欄に押捺した上、その名下に被告の代表取締役印を押捺して振り出し、融通手形として訴外会社に交付したものであることが認められるが、被告の代表者が右振出に関与していることを認めるに足る証拠がない。

二、よつて、藤原の本件手形振出権限の有無を判断する。証拠によると、被告は訴外堀幸平が大部分の株式を有する同人の個人経営の会社であつて、代表取締役塩見勉は名義だけの株主であり、堀が代表取締役の職務を代行していて業務執行の最終の決定権を有していたこと、被告の会社事務所には代表取締役も堀も藤原が特に出社を要請した場合の外はほとんど出勤していなかつたこと、藤原の外に事務関係職員約一〇名が毎日出勤していたが、小林技師長が担当する技術関係を除き日常事務―特に経理関係の最高責任者は経理担当取締役である藤原であつて、藤原は毎朝堀をその自宅に訪問して指示を受け、又代表取締役宅にも一箇月に一〇回位夜間に訪問して相談をすることがあつたが、被告の外部との交渉はほとんど堀又は代表取締役に代つて藤原が行つていたことが認められる。又被告と取引関係のあつた東亜鋼材株式会社代表取締役立山道雄も堀と会つたことはなく、被告の社長には二回会つただけで、被告の現場は工場長、経理は藤原が責任者であると聞いており、被告振出訴外会社宛の手形はすべて藤原から交付を受けていたことが認められる。

右認定の各事実を合せて考えると藤原は経理担当取締役として少なくとも被告の経理に関する事項の委任を受けた使用人であつたことは明らかである。(証人堀幸平の右認定に反する証言は信用できない。)そしてそのような商業使用人は商法四三条により経理に関する一切の裁判外の行為をする権限を有するものであるから、藤原は経理担当取締役として被告の代表取締役に代りその備付の記名印及び代表取締役印を使用して被告のために手形行為をする権限を有し、その代理権に加えたる制限は善意の第三者に対抗できないものと解せられる。(大審院昭和八年五月一六日判決民集一二巻一二号一一六四頁、最高裁昭和三六年一二月八日判決判例時報二八七号二一頁、参照)

三、証人堀幸平及び同藤原清の各証言によると、被告の代表取締役印は二個あつて一個は手形行為、銀行取引等に専用し、他の一個はその他の一切の用途に使用していて、前者は堀が保管していたこと、手形の振出に際しては藤原が要件事項を手形用紙に記入したものを堀方に持参して同人の決裁を受けた上で同人により、又は同人から借り受けて藤原が手形に押捺することになつていたが、本件手形は、藤原が堀及び代表取締役のいずれの決裁も受けることなく、又手形用でない代表取締役印を使用して振り出したものであることが認められる。

しかしながら、証人藤原清の本件手形は個人で振り出すものであり不渡になると訴外会社代表者に告げてある旨の証言は、証人立山道雄の証言と対比して信用できなく、他に訴外会社又は原告が右事実を知つていたことを認めるに足る証拠がない。

四、原告がその主張の如き裏書のなされている本件手形を所持していること、及び、これを満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶せられたことは当事者間に争いがない。

しからば被告は原告に対し本件手形金三〇〇、〇〇〇円とこれに対する満期の昭和三四年五月五日からその支払の済むまで手形法所定の年六分の利息の支払をする義務があるものというべく、これが支払を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

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